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| 所在地及びアクセス: |
和歌山県日高郡川辺町鐘巻 JR紀勢本線(きのくに線)「道成寺」駅下車。駅を出て直ぐの道路を西の方向(左折)に数十メートル進み、突き当たりの道路を北の方向(右折)に進むと正面に道成寺の石段と仁王門の一部が見える。駅から道成寺石段下まで徒歩5〜6分。 「道成寺」駅の一つ和歌山寄りの「御坊」駅には特急が停車するが「道成寺」駅には特急は停車しない。「道成寺」駅に停車する各駅停車の電車の運行頻度は少ないので時刻をあらかじめ確認しておく必要がある。なお、「道成寺」駅を通る御坊南海バスが「御坊」駅から出ているが、こちらの運行頻度も非常に少ないので殆ど利用価値はない。 宗派:天台宗 本尊:千手観世音菩薩 開基:文武天皇勅願、義淵僧正 |
縁起: |
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当寺は大仏殿を造った聖武天皇の生母であり文武天皇の夫人である宮子姫の願いで、文武天皇の勅願により大宝元年(701年)に開創されたといわれている。 建立は紀大臣道成によって行われたため道成寺と名付けられたと伝えられている。また、千手観音は義淵僧正によって造られたといわれているようで、そのことから開山は義淵僧正とされている。 道成寺は創建以来8世紀後期まで大いに栄え大伽藍を備えた大寺院となったようであるが、その後いったん衰退したが、10世紀には再び繁栄したといわれ、現在に至っているようである。 |
道成寺と安珍清姫伝説: 清姫に思いをかけられた熊野詣での修行僧安珍が、清姫から逃れるために道成寺の鐘の中に身を隠したが、日高川を渡るために蛇に化身した清姫がその鐘に巻き付き鐘もろとも安珍を焼き殺してしまった。延長6年(928年)のことと伝えられている。道成寺はこの有名な安珍清姫伝説で著名になったと言っても過言ではないであろう。 |
見所など: |
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道成寺駅を降り寺の仁王門が真北に見える場所にきて、北に進むと道成寺の石柱標識があり、ここから参道になっている。 参道を更に北の方向に進むと、数軒の土産物屋や食堂があり、この前を通ると六十二段の石段がある。この石段を上がったところに仁王門が建っている(左の写真)。 |
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「仁王門」は朱塗りも鮮やかで新しい感じのする建物である(左の写真)。 現存の「仁王門」は元禄7年(1694年)に再建されたものといわれている。仁王門が新しい感じのするのは昭和38年(1963年)に解体修理されているためかと思われる。 この「仁王門」は重要文化財に指定されている。 |
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「仁王門」をくぐると正面に「本堂」が見える(左の写真は南側正面、直下の写真は西南側からみた本堂)。 現在の「本堂」に相当する堂宇は正平12年(1357年)頃造営されたとの説もあるらしいが、現存の建物は天授4年(1378年)に再建されたものといわれている。 |
「本堂」は南側と北側の両面に正面がある珍しい構造で、両正面裏無し堂といわれ、南正面は通常の正面で、北正面は奈良に向かうように建てられているという。 |
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かつて、本堂には北面と南面に大きい二体の本尊が安置されていたようである。 南面の本尊、千手観音像は大宝殿(後述)に移されたが、北面に安置されている千手観音像は北向観音と呼ばれ、三十三年毎に開扉される秘仏として現在も本堂に安置されているようである。 |
北向観音の胎内にはもう一体の仏像が入れられていたようで、この胎内仏は修復され、大宝殿に保存されている。 「本堂」及び本堂に安置されている千手観音像(北向観音)は何れも重要文化財に指定されている。 |
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「仁王門」と「本堂」の間、「本堂」に向かって右手に「安珍塚」と書かれた石碑と、塚のしるしとされている「榁(むろ)の木」が植えられた一角がある(左二枚の写真)。 「榁の木」は立ち枯れた大きな木の幹で、その横には生木がでている。 |
初代の榁の木は約600年間生きた後枯れ、二代目は約400年生きた後枯れたという。枯れた木の横からでている生木は三代目の榁の木であろうか。 榁の木は枯れて「蛇榁」といわれているようで、ここには安珍と安珍が隠れ焼かれた鐘が埋められていると伝えられている。 |
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「安珍塚」のある一角の東南側に「鐘巻の跡」と書かれた石碑が建てられている(左の写真)。 『鐘巻』というのは能『道成寺』の原曲にあたるといわれているが、この鐘巻という言葉は安珍が隠れた鐘を蛇に化身した清姫が巻いて焼き殺したという説話に基づいていると推測される。 安珍が焼き殺されたのがこの場所であるとされているのであろう。 |
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「鐘巻の跡」の東側に一寸した盛り土と巻石が施された場所、「再興鐘楼跡」がある(左の写真)。 安珍が焼き殺されてから約400年後の正平14年(1359年)に梵鐘が完成、鐘楼を再興しようとしたが、供養に際し清姫の怨霊が現れ法会を妨害し、鐘を落としてしまったという。 |
それ以来、道成寺には鐘楼が建立されていない。 |
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「安珍塚」のある一角の東側に「三重塔」が建てられている(左の写真)。 現存の「三重塔」は創建時の塔跡に、宝暦12年(1762年)に再建されたものといわれ、内部には三重塔の本尊、大日如来が安置されているようである。 「三重塔」は県文化財に指定されている。 |
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「本堂」前の広場の西側に「大宝殿」が建てられている(左の写真)。 「大宝殿」は昭和55年(1980年)に完成した建物で、ここにはかつて本堂の厨子内に安置されていた本尊、千手観音立像と脇侍の二体の菩薩立像をはじめ、多くの重要文化財や寺宝が保存展示されている。 |
本尊の「千手観音立像」、脇侍の二体の「菩薩立像」(日光菩薩及び月光菩薩と伝えられている)は9世紀後半の作といわれており、何れも国宝に指定されている。また、北向観音の胎内から発見された「千手観音立像」は奈良時代の作とされており、重要文化財に指定されている。 |
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「大宝殿」の南側に密接して「縁起堂」があり、ここで1日に数回「道成寺縁起」の写本を用いての「安珍清姫の絵とき説法」が行われている。この説法は道成寺名物として有名であり、実際聞いてみるとこれが実に面白い。道成寺に参拝した節は是非ともこの説法を聞くことを勧める。 左のコピーは「道成寺縁起」の一部で、清姫の化身の大蛇が安珍を追っかけて日高川を渡っている場面である。 |
「道成寺縁起」の原本は重要文化財に指定されており、非公開である。 |
御詠歌:紀の国や峰より明けて日高川てらすは法(のり)の道成(みちなり)の寺 |
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Yukiyoshi Morimoto