ホーム > 古墳一覧(古墳みてあるき) > 前塚古墳

前塚古墳

(裾の一部がマンションに、墳丘が駐車場になった古墳)
所在地及びアクセス:

 高槻市岡本町
前塚古墳所在地図
 JR東海道線(京都線)「摂津富田」駅下車。北出口を出て駅前広場を横切り数十メートル北側にある高槻市営バス「JR富田駅」停留所より[72]「南平台経由奈佐原」行のバスに乗車し、バス停「福祉センター前」で下車する。来た道を西の方向へ徒歩1〜2分程戻った場所、道路北側にあるマンションに接して前塚古墳がある。
 また、「JR富田駅」停留所から[71]「関西大学」、[73]「萩谷」、[75]「萩谷総合公園」行きのいずれかのバスを利用してもよい。この場合はバス停「岡本」で下車し、信号のある交差点まで戻る。この交差点から東の方向に進むと数分で左手にマンションに密接して前塚古墳が見える。
 なお、近くに「今城塚古墳」(別ページに記載)があるので、「前塚古墳」と同日に見学可能である。

 

 「JR富田駅」より[72]「南平台経由奈佐原」行きのバス発車時刻は9:00〜17:00の間について、次の通りである。(2007年10月現在)
平日 土曜日 日曜・祝日
09 05 25 40 00 20 40 00 20 40
10 00 22 40 00 20 40 00 20 40
11 00 20 40 00 20 40 00 20 40
12 00 20 40 00 20 40 00 20 40
13 00 20 40 00 20 40 00 20 40
14 00 20 40 00 20 40 00 20 40
15 00 20 40 00 20 40 00 20 40
16 00 20 40 00 20 40 00 20 40

 「JR富田駅」より[73]「萩谷」行き、[75]「萩谷総合公園」行き、[71]「関西大学」行きのバス発車時刻は9:00〜17:00の間について、次の通りである。(2007年10月現在)
平日 土曜日 日曜・祝日
09 35(公) 55(関) 05(萩) 05(萩) 55(公)
10 10(関学) 20(萩) 05(萩) 55(萩)
11 10(関) 56(萩) 12(公) 48(萩)
12 34(公) 01(萩) 25(関) 55(萩)
13 02(萩) 22(関) 58(萩) 07(萩) 30(公)
14 15(関) 45(公) 05(公) 39(萩) 05(萩)
15 10(萩) 58(萩) 05(関) 47(萩) 13(萩)
16 30(関学) 45(関休) 59(関学) 21(萩) 21(萩)
 (萩)は「萩谷」行き、(公)は「萩谷総合公園」行き、(関)は「関西大学」行き。休印は学休日のみ、学印は学期日のみ運行。

見所など:

 前塚古墳という名称とその場所から見て、この古墳は今城塚古墳の陪冢(ばいちょう:大きな古墳に近接した小さい古墳で、近親者や従者を葬った墓)ではないかと思われる。
南側から見た古墳
 左の写真は「前塚古墳」を南側の道路越しに見たものである。

 写真左端に見える建物は住宅マンションであるが、古墳の裾の部分を一部削り取って建てられているようである。一階部分はかつて回転寿司屋であったが、現在、閉鎖されている。

 古墳の南側は車の往来の激しい通りである。現時点から見れば何とも騒々しい場所にある古墳である。被葬者の霊魂がこの場所にさまよっているとすれば、これでは落ち着いて眠ってはおれないだろう。
西側から見た古墳
 「前塚古墳」を西側から見たのが左の写真である。

 写真右端の建物は直上の写真に写っているマンションと同じもの、写真左端の建物は古墳北側に最近建てられた住宅である。この住宅も古墳の裾部分に密接して建てられている。

 墳丘部には駐車している車が見える。
墳頂部の駐車場
 上述したように墳丘部に車が見えるが、左の写真(この写真は冬に撮影)に見られるように、墳丘の上部の約半分が削り取られ駐車場になっている。この駐車場はマンションの住人のために作られたものと思われる。
東側から見た古墳
 「前塚古墳」の東側は左の写真に見られるように、現在、水田であるが将来はこの水田も宅地になり住宅が建つことになるかもしれない。

 写真右端の建物は古墳北側にある住宅で、上述したように古墳裾部に密接して建てられている。古墳北側も住宅が建つ前は水田だった。
古墳北側の調査溝
 上述のように古墳北側には住宅が建っているが、住宅が建つかなり前、2001年1月にはこの場所に左の写真に見られるように、埋蔵文化財調査のためと思われる試掘溝が掘られていた。

 この溝は2001年3月には埋め戻されていたが、この場所に住宅を建てるための埋蔵文化財の有無に関する調査だったと考えられる。
古墳の裾部分
 左の写真(この写真は春、田植え前に撮影)は「前塚古墳」東側の墳丘の裾部分であるが、墳丘の裾が段状になっているのが認められ、かなり特徴的である。

 この古墳が造られたのは5世紀後半であると考えられており、もともとは西向きの前方後円墳だったらしいが、現状では円墳(径約60m)のように見える。なお、墳丘にあった石棺は現在、大阪府立近つ博物館に保管されているといわれている。

2007年10月19日最終更新
古墳一覧のページへ戻る このページの先頭へ戻る