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安満山古墳群

(墓地造成のため大部分が破壊埋没してしまった古墳群)
所在地及びアクセス:

 高槻市安満(あま)御所の町(市公園墓地内)
古墳所在地図
 JR東海道線(京都線)「高槻」駅下車。駅南側に出て高架を下り、松坂屋傍の高槻市営バス停留所「JR高槻駅南」6番のりばから「上成合」、「上成合経由川久保」行きのいずれかのバスに乗車しバス停「磐手
(いわて)橋」で下車する。桧尾川に架かる磐手橋を渡り、右手の坂道を上る。一寸した広場に出るので公園墓地管理事務所の前の道を通り、道なりに坂道を上がると道に近接し右側下に安満山A1号墳が見える。バス停から徒歩約20分。この道を更に上がると安満宮山古墳(別ページに記載)がある。

 「上成合」行き、及び「上成合経由川久保」行きの高槻市バス「JR高槻駅南」停留所発車時刻(8時〜18時の間について)は次のとおり(2004年8月1日改正、2004年11月現在)。
平日 土曜日 日曜・祝日
08 00 05 15 25 35 50 00 12 24 37 50 04 24 44
09 05* 21 36 51 06* 21 36 51 06 26 46
10 06 21 36 51 06 26 46 06* 26 46
11 06 26 46 06 26 46 08 26 46
12 06 26* 46 06* 26 46 06 26* 46
13 06 26 46 06 26 46 06 26 46
14 06 26 46 06 26 46 06 26 46
15 05* 25 45 06* 26 46 05 25 45 55*
16 05* 25 45 05 25* 40 55 05 25 35* 45
17 05 20 35* 50 10 25* 40 55 02 25 35* 45
*印は「上成合経由川久保」行き、無印は「上成合」行き

 見所など:

 安満古墳群は6世紀後半から7世紀にかけて造られたと考えられる群集墳で、公園墓地の造成に先立ち、昭和44年(1969年)に行われた古墳群の調査により、40数基の横穴式石室をもつ古墳が確認されたという。被葬者はこの地の有力者と考えられている。
A1号墳遠望
 5基の古墳について調査が行われた後、1基を除き、他の全ての古墳は公園墓地の造成によって破壊、埋没されてしまったようである。

 残され、保存されている唯一の古墳は「安満山A1号墳」であり、左の写真は道路から見た古墳である。
東側から見たA1号墳
 左の写真は東側から見た安満山A1号墳である。

 この古墳は直径約12mの円墳であり、横穴式の石室を備えていたようであるが、墓地造成の調査時には石室上部が既になくなっていたという。
石室部分
 左の写真はその石室部分を南側から見たものである。石室の長さは約5m、調査時、副葬品として須恵器、金環などが見つかったとされている。

 副葬品の数、出土状況から、ここには2人が葬られていたものと推定されているようである。

 この古墳は自由に見学可能であるが、これの見学のためだけに訪れる人は少ないのではないか。

 古墳の保存状態は悪くはなく、落ち葉などが溜まってはいるが、紙屑などのゴミは落ちていない。これは、この古墳が市の公園墓地の中にあるためと思われる。

 この古墳は高槻市の「歴史の散歩路」にとり上げられている。

 (参考:高槻市教育委員会銘の解説掲示板)

2004年11月1日更新
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Yukiyoshi Morimoto