ホーム > 我流観光スポット一覧 > 「白川郷」 サイトマップ

岐阜県「白川郷」

 岐阜県白川村荻町は富山県上平村菅沼、平村相倉と共に合掌造り家屋の集落としてよく知られており、「重要伝統的建造物群保存地区」に選定され、「ユネスコ世界遺産」にも登録されている。
合掌造り集落群
 左の写真は白川村荻町の最北部にある荻町城跡の展望台から見た合掌造りの集落群である。この展望台は一寸した高台にあり、荻町地区の全体を見渡すにはこの場所が最も適しているようである。

 この地区には約400棟の建物があり、その内、113棟が合掌造りの民家とその付属建物であるという。

  一般には合掌造りの建物が集合している白川村荻町地区を白川郷と呼んでいるようであるが、本来の白川郷の名称は白川村と隣の荘川村をあわせた江戸時代の呼び名であるという。
合掌造り民家(1)
 写真でもわかるように、合掌造り家屋の外観上の特徴は勾配の大きい茅葺きの屋根、切妻造り、平入りで、屋内は3-5層構造をとっており、妻面(屋根の両端の三角形になった壁面)には明かりとりのための障子窓が付けられている。

 白川郷では、合掌造りの民家の殆どは、理由はよく分からないが、妻面をほぼ南北に向くように建てられている。これが全体として整った集落を形成しているように見える(上の二枚の写真)。
合掌造り民家
 かつては、居室空間は一階のみであり、二層目より上は養蚕の作業所であったといわれているが、現在では物置や、部屋に改装されているようである。

 この地方は日本でも有数の豪雪地帯であり、急勾配で茅葺きの屋根は積雪の重みに耐えられるのに適した構造であるという。

 屋根の茅の葺き替えは40-50年に一度の頻度で行われるといわれている。
和田家住宅
 荻町地区の合掌造り家屋の中で最大級の規模を持つ家は「和田家住宅」(左の写真及び一番上の写真で最も手前に見える家屋)といわれており、内部は現生活空間を除き一般に公開されている。

 「和田家住宅」の建築年代の詳細は不明のようであるが、江戸時代末期と考えられており、重要文化財に指定されている。
和田家住宅二階内部
 左の写真は和田家住宅の二階部分で構造物を縄で縛って家屋が造られている様子がよくわかる。

 ただ、和田家住宅の内部は見学用として整備されすぎている感がある。二階などは養蚕の作業所であった当時のままというが、整然としており、養蚕を行っていたというような生活感が残念ながら感じにくいのである。
明善寺本堂
 荻町地区の中央部やや南よりの場所に浄土真宗の寺「明善寺」がある。

 「明善寺本堂」(左の写真)は茅葺きであるが、入母屋造りになっており、周辺の切妻造りの建物とは若干異なった形をしている。


 「明善寺本堂」は文政10年(1827年)に建てられたといわれており白川村文化財に指定されている。
明善寺鐘楼門
 左の写真は「明善寺鐘楼門」である。木造二階建ての鐘楼門の一階は寺への通路、二階には銅鐘が吊られており、屋根は茅葺きという特異な形をしている。

 
「明善寺鐘楼門」は享和元年(1801年)に建てられたとされており岐阜県文化財に指定されている。

 「本堂」や、「鐘楼門」の近くにある
「明善寺庫裡」は徳川末期に建てられたものといわれており、岐阜県文化財に指定されている。

 庫裡は切妻造り、五層構造の大きな合掌造りの家屋であり、外観上は一般の民家と殆ど変わらない。現在、ここは郷土館として民具などが展示されている。

 かつて、白川郷といえば秘境であり、他から隔絶され、独特の文化を持っている土地であった。電源開発によるダムやスキー場などができてからは次第に観光地化が進んだようで、現在では多数の観光バスと観光客、それを目当ての土産物屋など、集落内はごった返している状態である。

 昔ながらの秘境のイメージが残っていることを期待して白川郷を訪れたとすれば、雰囲気的には、いささか裏切られる結果になるかもしれない。
我流観光スポット一覧のページへ戻る このページの先頭へ戻る

Yukiyoshi Morimoto