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北京郊外「明の十三陵」

 明の永楽帝以後13人の皇帝の墓であり、北京から北北西の方向に約40km離れた場所にある。

 これらの内、地下宮殿も見学でき、十三陵中、二番目に大きく、通常、観光コースに組み入れられている万暦帝の墓「定陵」について掲載する。

 定陵は2年分の国家財政と、6年の年月を費やし、万暦帝が自分の生前中に造ったという。

 建造に要した費用、年限などは白髪三千丈式の中国的誇大表現の可能性が大きいように思えてならない。

 十三陵見学のコースには「神路」と呼ばれている参道を通らないものと、通るものとがあるが、神路には、かつてインドに仏像がなかった頃、聖なる動物として崇められていた象、獅子などの石像が並んでいるのを見ることができる(上の写真:現地で求めた絵ハガキより)。神路を歩いて通り、これらの石像を鑑賞されることを勧める。
十三陵遠望
 定陵の陵墓は門を入り石畳の参道をかなり歩いた先にある。左の写真中央奥に見える建造物が陵墓の上に立っている楼であり、下の写真はその近景である。

 墓を発掘するきっかけになったものは、小さな石碑であったという。この石碑の場所を掘るとその下、地中深いところに、万暦帝と二人の皇后が埋葬されていた地下宮殿と呼ばれている大きな墓室があった。


 皇帝の墓の所在を示すものは、小さい石碑であった、と言うのは何となく理解しがたいものがあるが、これは盗掘を避けるための手段であったと考えると納得できる。

 陵墓の上に建っている楼は、発掘後造られたものである。地下宮殿を見学するためには楼の中に入り、狭い階段を20m程降りなければならない。

 地下宮殿の床面は煉瓦、壁は大理石で造られており、かつては、この墓の中で生前の皇帝が宴会などを催していたと伝えられている。これが、「宮殿」と呼ばれるようになった根拠かもしれない。
十三陵近景
 しかしながら、現状は、埃っぽく薄汚れ、寒々とした感じの地下室であり、宮殿と言うにはほど遠い感じがする。ただ、不思議なことにこれが奇妙な墓場的雰囲気を醸し出しているのである。

 ここには皇帝と皇后の玉座が置かれてあり、奥まったところには棺が三個置かれている。また、副葬品を入れた箱などもあったが、発掘時には相当傷んでいたようである。したがって、現在、ここに置かれているものは全て複製品という。

 悪い癖かも知れないが、複製品と聞いたとたんに有難味がなくなり、興味を失ってしまった。

 シーズンには観光客が非常に多く、特に地下宮殿に降りる階段や、宮殿内部は動きがとれないほどになる。スリが多いとのことである(私が被害にあったわけではない)。

 参道入り口付近には多くの土産物屋があるが、まともなものは置いていない。売り方が強引なので押しつけられないよう注意しなければならない。また、季節の果物も売っているが、渋柿など平気で売っているのでこれも注意したい(実は私も渋柿を買ってしまった一人である)。
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Yukiyoshi Morimoto