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| 原爆ドームと平和記念公園へのアクセス: JR広島駅下車。駅南側の広島電鉄路面電車乗り場から「宮島」行、「己斐」行、「江波」行の何れかの電車に乗り、「原爆ドーム前」で降りる。停留所すぐ南側に「原爆ドーム」が見える。「原爆ドーム」横の元安川に沿って南下し元安橋を渡り、南の方に進むと「平和記念公園」に着く。 原爆ドーム: |
![]() 「原爆ドーム前」停留所で電車を降りると南側に左の写真に見られるような「原爆ドーム」が目に入る。 もともとこの建物は広島県産業奨励館で広島県の特産品の展示や催し物が開かれていたところであるという。 元安川に沿って南の方向に進むと近距離から原爆ドームを見ることができる。直下左の写真は西南側から見た原爆ドームであり、直下右側の写真は西側から見たドームの内部である。 |
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| 原爆ドームの外壁からでも原爆のもつ恐るべき破壊力を十分に推測することができるが、内部を見ると鉄骨などがむき出しになっており、下は瓦礫の山でその惨状は目を覆うばかりである。 |
![]() 厳密に言えば、原爆はこの原爆ドームの直上で爆発したのではなく、この建物の東南約160m離れている現在の島外科病院の上空で爆発したという。 島外科に密接して西側の道端にこの場所が爆心地であった旨の説明標識がある。この標識がなければ、この島外科の建っている場所が厳密な意味での爆心地であったことが現状では全くわからない。 |
元安橋を渡り、対岸から「原爆ドーム」を見ると、周囲の近代的なビルの中に廃墟と化した「原爆ドーム」が見え(直上の写真)、その姿に孤高ささえ感じられる。 なお、「原爆ドーム」はユネスコ世界遺産に登録されている。 原爆死没者慰霊碑: |
![]() 元安橋を渡って「平和記念公園」の中を南の方向へ進むと「平和の火」、「平和の池」があり、その南側に「原爆死没者慰霊碑」が建っている(左の写真)。 「原爆死没者慰霊碑」は通称名であり、公式名は「広島平和都市記念碑」と言うらしい。公式名称は何となく漠然とした表現であり、通称名である「原爆死没者慰霊碑」の方がわかりやすく、的確な表現と思われるが「原爆死没者慰霊碑」を公式名称に採用しなかったのは何か政治的な意図があったのだろうか。 |
![]() 写真でもわかるとおり、慰霊碑はトンネル状になっており、その中には『安らかに眠って下さい 過ちは 繰返しませぬから』と彫られた「石碑」が置かれている(左の写真)。 よく考えるとこの石碑の言葉はおかしいのではないか。『過ち』は我々日本人だけではない。世界中の国々が『過ち』を犯したし、犯す可能性がある。原爆の唯一の被災国であり原爆非保有国である日本としては『繰返しませぬから』というのはぴったりせず、『繰返させませぬから』という積極的な表現にすべきではなかろうか。 慰霊碑の南側に立って北の方向を見ると、慰霊碑のトンネル状空間を通してその中央に「原爆ドーム」が見える。 平和記念資料館: |
![]() 「原爆死没者慰霊碑」の南側に「平和資料記念館」が建てられている(左の写真で中央部横に長い建物が記念館の一部で北側から遠望したもの)。 記念館には東館と西館があるが、特に西館には被爆者の遺品、被爆資料など原爆による被害状況を直接伝える物品が展示されており、大なり小なり太平洋戦争を体験した者にとって涙なくして見ることができない。戦争を全く知らない人々もゆっくりと見学し、是非とも戦争の悲惨さを認識してもらいたいものである。 |
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それにしても平和記念公園の内や付近には『平和』と名の付けられたものがやたらと多い。これだけ平和の言葉が溢れると本当の意味の『平和』が薄れてしまうのではないかと危惧する。 この「原爆ドーム」と「平和記念公園」とを観光スポットとして掲載するについて若干の抵抗感があったが、『我流』ということで自分自身を納得させることにした。 |
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Yukiyoshi Morimoto