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石清水八幡宮
(いわしみずはちまんぐう)
石清水八幡宮所在地図石清水八幡宮へのアクセス

 京阪電車本線「八幡市(やはたし)」駅下車、西側にある男山ケーブル線「八幡市」駅からケーブルに乗車し「男山山上」駅下車。参道を徒歩6〜7分で本殿に着く。ケーブルは通常、1時間に4便。
 ケーブルを利用しないで表参道を徒歩で上ることもできる。京阪電車「八幡市」駅下車、東の方向に数10m進み、南に向かうと石清水八幡宮の「一の鳥居」が見える。それをくぐるとかなり道幅の広い舗装された参道が本殿まで続いている。


祭神

 中御前:応神天皇(おうじんてんのう)[誉田別尊(ほんだわけのみこと)]
 西御前:比淘蜷_(ひめおおかみ)[多紀理毘売命(たぎりびめのみこと)、市寸島姫命(いちきしまひめのみこと)、多岐津比売命(たぎつひめのみこと)]
 東御前:神功皇后(じんぐうこうごう)[息長帯比売命(おきながたらしひめのみこと)]
朱印
由緒、神徳

 貞観元年(859年)、現在の大分県の宇佐八幡宮に籠もり修行をしていた大和大安寺の僧行教は八幡大神から『吾、都の近くにある石清水男山の峯に移座して国家を鎮護せん』との御託宣を受け、このことを朝廷に奏上したという。これが「石清水八幡宮」の起源とされている。

 清和天皇の命を受け木工権允橘良基(ごんのじょうたちばなよしもと)は男山に六宇の宝殿を建立し、貞観2年(860年)に遷座が行われたとされている。

 しかしながら、宇佐八幡宮の神官大神氏が和気清麻呂一派や行教と組んで都への進出を図ったものという説もあるようで、
こうなると話しは、にわかに俗っぽくなる。

 天慶2年(939年)の平将門、藤原純友の乱では、朝廷の請願があり八幡大神の神威により速やかに平定されたという。
一の鳥居
 それ以来、国家安泰、都の守護の神社として朝廷の崇敬は益々篤いものになったようで、天皇、上皇の行幸は数多くとり行われたといわれている。

 また、源氏一門は八幡大神を氏神とし、格別の信奉をはらってきたようである。以来、国民にも勝ち運の神、厄除け開運の神として崇敬され、現在でも全国屈指の厄除けの神社として有名である。

鳥居、参道、神馬舎

 ケーブルを利用しないで表参道を歩いて神社まで上がる場合(アクセスの項参照)、「一の鳥居」(直上の写真)をくぐり、石清水八幡宮の御旅所である「頓宮」の境内を抜ける。
神馬と神馬舎
 次いで「二の鳥居」があり、参道は上り勾配となる。

 表参道を上りきった所に「三の鳥居」が立っている。鳥居の傍に「神馬舎」があり、神馬が飼われており(左の写真)、周囲には結構人が集まっている。

 「三の鳥居」から神社の「楼門」まで参道は直線的に延びており、参道の両側にはかなり時代物の「石造り灯籠」が並んで立てられている(直下の写真)。
参道の石灯篭
 こういう場所に並んで立っている灯籠の形は一定しているのが普通であると思われるが、この場所に立っている石灯籠は形がまちまちで画一的になっておらず面白い。奉納した人が自分の好みの形で造ったためにこのようになったのだろうか。

 ケーブルで上がった場合の参道は「神馬舎」や「石造り灯籠」を直接見ることのできる場所には着かない。したがって、これらを見るためには「楼門」の所から「三の鳥居」の方向へ向かって若干歩く必要がある。
書院石庭の灯籠
書院石庭の灯籠

 「三の鳥居」と「楼門」の間の参道途中東側に社務所があるが、その南側の書院石庭の隅に六角型の「石造り灯籠」が立っている(左の写真)。

 この
「石造り灯籠」には永仁3年(1295年)の銘が刻まれているようで、重要文化財に指定されている。700年以上風雪に耐えてきた歴史を十分に感じさせる灯籠である。
楼門
楼門

 「三の鳥居」から直線的に伸びている参道は「楼門」(左の写真)まで続いている。

 現存している
「楼門」は他の主要な社殿と同様、寛永11年(1634年)に三代将軍徳川家光によって建造されたものといわれており、重要文化財に指定されている。

 楼門自体は格別大きいものではないが、華奢で流麗な感じのする門である。
本殿、幣殿、舞殿(1)
本殿、幣殿

 「楼門」をくぐると、奥に「舞殿」、「幣殿」、「本殿」が建っている(左及び直下の写真)。「本殿」は外からはハッキリと見ることはできない。

 これら現存の
「本殿」、「幣殿」、「舞殿」それに「回廊」等の建物は、寛永11年(1634年)に三代将軍徳川家光によって建造されたものといわれており、全て重要文化財に指定されている。
本殿、幣殿、舞殿(2) 
 写真でもわかるように
社殿の屋根に特徴がある。普通の屋根の上に大きな神輿のような屋根が乗っているように見え、何となく安定性に欠けたような感じがする。

 神徳の項にもふれたように、八幡宮は古くから弓矢の神様、武道の守護神として信仰されていたようで、多くの武士が戦いに際し必勝必中を祈ったといわれている。

 このように八幡宮と矢の関係は深い。写真に見られるように、
社殿の前に作り物の大きな矢が立てられているのもこれに基づいているのであろう。

若宮社、若宮殿社

 本殿の後方に、「若宮社」(直下の写真)、その右側に隣接して「若宮殿社」が建っている。
若宮社
 「若宮社」の祭神は仁徳天皇、神徳は祈願成就、学業成就で男性の守護神とされている。

 「若宮殿社」の祭神は応神天皇の皇女、神徳は祈願成就、心身健康で女性の守護神とされている。

 厄除開運祈祷をうけた人は、「清め衣」(リボン状の布)に名前、年齢、願い事を書いて志納金を添えて、男は若宮社に、女は若宮殿社に納めるようになっている。奉納された「清め布」は毎月、諸願成就を祈念した後、焼却されるという。
エジソン記念碑
エジソン記念碑

 エジソンが白熱電灯のフィラメントの材料を世界中に求めた結果、石清水八幡宮境内の真竹が最も優れているのを見出し、この竹を用いて初めて実用的な白熱電灯を完成したといわれている。

 このことを顕彰するため、神社の境内に昭和9年(1934年)に最初の記念碑が建てられたようであるが、その後、昭和59年に現存の新しい「エジソン記念碑」が再建された(写真)。
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Yukiyoshi Morimoto