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関西花の寺第十六番
小田原山 浄瑠璃寺
(じょうるりじ)
所在地及びアクセス:

 京都府木津川市加茂町西小札場
浄瑠璃寺所在地
 JR関西本線(大和路線)「奈良」駅、近鉄奈良線「奈良」線、JR関西本線「加茂」駅の何れかの駅で下車。駅前から出ている奈良交通バスを利用する。
 JR「奈良」駅からは駅前のバス停「JR奈良駅」9番のりばから系統番号111「加茂駅」(ドリームランド、浄瑠璃寺経由)行きに乗車し、「浄瑠璃寺前」で下車する(乗車時間:約28分)。同じのりばから系統番号109「加茂駅」(ドリームランド経由)行きがあり、こちらの方は便数も多いが、この場合は「浄瑠璃寺口」で下車し、あとは浄瑠璃寺まで歩く必要がある。
 近鉄「奈良」駅からは駅北側にある広い通り(国道369号線)を渡った所にあるバス停「近鉄奈良駅」13番のりばから、「JR奈良駅」始発の系統番号111「加茂駅」(ドリームランド、浄瑠璃寺経由)行きに乗車する。以下、上記JR「奈良」駅からの場合に同じ。
 JR関西本線「加茂」駅からは駅前のバス停「加茂駅」から系統番号111「JR奈良駅」(浄瑠璃寺、ドリームランド経由)行き、又は系統番号10「加茂山の家」(岩船寺経由)行きに乗車し「浄瑠璃寺前」で下車する。(乗車時間:前者は約14分、後者は約22分)。

 バス停「浄瑠璃寺前」から「浄瑠璃寺」まで数軒の土産物屋が軒を連ねる道を通り徒歩数分。

 系統番号111「加茂駅」行き奈良交通バスの「JR奈良駅」及び「近鉄奈良駅」発車時刻は次の通り(2008年10月現在)。平日、土曜日、日祝日とも同じである。なお、秋の季節の休日には臨時バスの出ることもある。
系統[111]加茂駅行き
JR奈良駅発 近鉄奈良駅発
09 33 36
10 -- --
11 35 38
12 -- --
13 35 38
14 -- --
15 54 57

 系統番号111「JR奈良駅」行き、及び系統番号10「加茂山の家」行き奈良交通バスの「JR加茂駅」発車時刻は次の通り(2008年10月現在)。
加茂駅発
系統[111]JR奈良駅行き
加茂駅発
系統[10]加茂山の家行き
平日、土曜日、日祝日 平日 土曜日、日祝日
09 -- 18 15
10 32(土曜・日祝日:35) -- 15
11 -- 59 15*
12 55 -- --
13 -- -- 15
14 54 59 15*
15 -- -- 15
16 51 15 35
17 -- -- --
18 -- 22 --
(注)* 4/1〜6/30及び9月第2土曜日〜11/23の間運行

 「浄瑠璃寺前」から「JR奈良駅」行き、及び「加茂駅」行きのバス発車時刻は9時以降について次の通り(2008年10月現在)。
系統[111]JR奈良駅行き 系統[10]加茂駅行き
平日 土曜日、日祝日 平日 土曜日、日祝日
09 -- -- -- 47
10 48 51 04 47
11 -- -- -- 47*
12 -- -- 44 --
13 11 11 -- 47
14 -- -- -- 47*
15 10 10 39 57
16 -- -- -- --
17 08 08 01 17
(注)* 4/1〜6/30及び9月第2土曜日〜11/23の間運行

縁起:
朱印
 浄瑠璃寺がいつ誰によって開創されたかについてはわかっていないという。それだけに草創に関していくつかの説が唱えられているようである。

 天平11年(739年)に行基によって開創されたという説、永承2年(1047年)に義明上人が薬師如来を本尊として小さな堂を建てたのが浄瑠璃寺の始まりとする説、などが知られているが決定的なものはないとされている。

 嘉承2年(1107年)に阿弥陀堂が建立され、ここに九体の阿弥陀像を安置するまでは薬師堂と金堂のみであったといわれている。

 久安6年(1150年)に庭園が造られ、その西岸に阿弥陀堂が移され、また、治承2年(1178年)に三重塔が京都から移され寺観が整備されたという。

当寺の花:

1.主たる花
  馬酔木(あせび)(右の写真)
  見頃は2月中旬〜4月上旬


2.その他四季の花
  春:椿、梅
  夏:かきつばた、花菖蒲
  秋:紅葉
  冬:水仙、南天
馬酔木

当寺の通称:九体寺

見所など:
参道と馬酔木
 バスを降りると数軒の土産物屋があり、その間を通り抜けると参道の右手に寺名が書かれていたと思われる石碑が立っている。石碑に書かれた文字は風化のためか殆ど判読できない。

 石碑のある場所から山門までの間の「参道」の右側には馬酔木
(あせび)の木が多く植えられており、季節には沢山の花を咲かせている(左の写真)。

 山門内の境内にも馬酔木が植えられているが、株数は多くない。馬酔木がこの寺の主たる花とされているが、この参道の馬酔木を指して云っているのであろうか。
山門  参道を抜けると浄瑠璃寺の「山門」(左の写真)に着く。想像していたより山門は小ぶりで地味である。

 境内北側に位置している「山門」をくぐると池を中心にした浄瑠璃寺庭園があり、それをとりまくように伽藍が配置されている(右のコピー:浄瑠璃寺発行のパンフレットより)。

 右のコピーで建造物等は青色の字で、該当の建造物の中に安置されている主な仏像は茶色の字で表している。
伽藍等配置図
三重塔下の馬酔木
 「山門」をくぐり庭園の池のほとりを左折し、左手に「鐘楼」を見てそのまま進むと前方左手の小高い場所に「三重塔」の建っているのが見える。

 「三重塔」の建っている場所に上がるための石段の下に本寺の主たる花とされている馬酔木があり、季節には花を咲かせている(左の写真)。左の写真で中央奥に一部赤い屋根の見えているのが「三重塔」である。
三重塔
 境内参道から石段を上がると「三重塔」(左の写真)の前に着く。

 礼拝の順序として先ず、この「三重塔」に安置されている「薬師如来」を拝み、次いで、池の対岸にある「本堂」に祀られている「阿弥陀如来」を拝むのが本来の方式とされているようである。

 この「三重塔」は縁起の項にも記載したように、治承2年(1178年)に京都の一条大宮から移されてきたものといわれている。

 「三重塔」は藤原時代のものとされているが、見た目には綺麗であることから、近年解体修理されたものと推測される。

 この
「三重塔」国宝に指定されている。
三重塔一層
 永承2年(1047年)に本尊としてこの寺に祀られたのが浄瑠璃寺の始まりとされている由緒ある仏像「薬師如来像」がこの「三重塔」の一層(左の写真)に安置されている。

 「薬師如来像」は(好天の日のみ)毎月8日、彼岸の中日、正月三が日に開扉される秘仏であるが、開扉されても内部が暗く直接仏像を拝観することはできない。

 この
「薬師如来像」重要文化財に指定されている。
本堂と庭園
 「三重塔」の建っている場所から庭園を通して真西に横長の建物、「本堂」が見える(左及び直下の写真)。

 「本堂」は東向きに建てられている。従って、この中に安置されている九体阿弥陀仏も東向きになっている。これは西方浄土へ迎えてくれる来迎仏である阿弥陀仏を東側の対岸から浄土池を通し彼岸に拝める形にしているという。春秋の彼岸の中日には「本堂」中央の背後に太陽が沈む。

 この「本堂」は藤原時代の建立とされている。当時は京都を中心に九体阿弥陀仏を祀るためこのような横長の建物が多数建てられたようであるが、現存するのはこの建物のみといわれている。


 「本堂」国宝に指定されている。
本堂
九体阿弥陀如来像
 上述したように「本堂」の中には「九体阿弥陀如来像」(左のコピー:浄瑠璃寺発行のパンフレットより)が安置されている。この仏像は藤原時代の作といわれており、かつては数多く造られていたようであるが、現存するのはここが唯一とされている。

 九体の如来が祀られているのは人間には九つの往生の段階があるという考えに基づいているという。

 「九体阿弥陀如来像」国宝に指定されている。
小石仏  「本堂」の主に南側に左の写真のような小石仏が何個か置かれている。非常に素朴な石仏であり、この前を通る人の多くは賽銭をおき、ソッと手を合わせている。
本堂前灯籠
 「本堂」の前と「三重塔」の前方石段下いずれも池の岸に「石灯籠」が建てられており、これらは阿弥陀如来と薬師如来のお光りとされている。

 左の写真は「本堂」前の石灯籠であるが、写真左側に「三重塔」前の石灯籠が小さく写っている。これら灯籠は共に南北朝時代の作とされている。

 両
「石灯籠」重要文化財に指定されている。
三重塔と庭園
 「本堂」前から真東に庭園を通して「三重塔」が見える(左の写真)。

 「本堂」と「三重塔」は庭園をはさんで東西を結ぶ線上に配置されている。

 「庭園」は池を中心に造られており、縁起の項にも記載したように久安6年(1150年)に造園されたといわれている。


 「庭園」特別名勝及び史跡に指定されている。
馬酔木と本堂
 「三重塔」下側の池畔に馬酔木が植えられている。左の写真は池畔の馬酔木の木を通して見た「本堂」である。

 また、山門付近や山門を入って直ぐ右手にある「潅頂堂」の敷地の中にも大きな馬酔木の木が植えられている。

 浄瑠璃寺には上記以外にも重要文化財や国宝に指定されている仏像など多くの文化財を所有している。「花の寺」の花を見学するというよりも、文化財を拝観する目的で参拝したい。
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Yukiyoshi Morimoto